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東京高等裁判所 昭和61年(行コ)91号 決定

控訴人

合資会社渡辺工業所

右代表者無限責任社員

渡辺三三

右訴訟代理人弁護士

平岩敬一

関一郎

被控訴人

横浜市長

細郷道一

右訴訟代理人弁護士

綿引幹男

被控訴人(変更後)

横浜市鶴見区長

主文

本訴の被告横浜市長細郷道一を被告横浜市鶴見区長に変更することを許可する。

前項による変更後の訴訟を横浜地方裁判所に移送する。

理由

控訴人の被告変更申立ての趣旨は「本訴の被告横浜市長細郷道一を被告横浜市鶴見区長に変更することを許可する、との裁判を求める。」というのであり、その理由は「行政事件訴訟法第一五条第一項は、複雑な行政組織機構の中で従来原告が被告を誤る例が少なくなかつたことからこれを救済する趣旨に出たものであつて、右の趣旨によると「重大な過失」とは故意に匹敵する程度の過誤をいうものと解される。事業所税の賦課及び更正処分権限は法令上横浜市長に属しており、市の一機関にすぎない鶴見区長は市長の権限の一部を委任されているのみで、それは横浜市内部の事務分配の問題である。したがつて控訴人が横浜市長と鶴見区長を実質的に同一機関と解し被告を横浜市長としたことには重大な過失はない。」というのである。これに対する被控訴人の主張は、「本件事業所税更正処分は鶴見区長が処分庁として文書をもつてしたから、控訴人は右通知文書を受け取ることによつて処分庁が鶴見区長であることを知つたのであり、それゆえにこそ控訴人は横浜市長に対し審査請求をしたのである。しかも本訴は弁護士を代理人として提起したものであるから、このような事実に照らせば、控訴人が本訴を提起するに当たり被告を横浜市長としたことには重大な過失があるといえるので、控訴人の被告変更の申立ては許可されるべきではない。」というのである。

よつて判断するに、〈証拠〉によると、本件事業所税更正処分は横浜市鶴見区長の名でされており、その通知書は控訴人に送付されていることが認められるから、控訴人としては、本訴を提起するに当たつては処分庁である横浜市鶴見区長を被告とすべきことに気付かなければならなかつたものであり、したがつて被告を横浜市長としたことには過失があるといわなければならない。

しかしながら、地方税法第五条第五項は、同法七〇一条の三一第一項第一号の指定都市等に事業所税の賦課権を与えているが、同時に同法第三条の二は、地方公共団体の長は、同法で定める権限の一部を、当該地方公共団体の条例の定めるところによつて地方自治法第二五二条の二〇第一項の規定によつて設ける市の区の事務所の長に委任することができると定めているところ、〈証拠〉によると、横浜市においては横浜市税条例第三条第二項及び第二〇条第二項、同条例施行規則第二条第一項第一号並びに区長委任規則第一八号によつて事業所税賦課権を区長に委任しており、本件事業所税更正処分も鶴見区長が横浜市長から委任を受けた権限に基づいてしたものであることが認められるのであるが、このような複雑な関係を的確にかつ早期に調査を終えることは弁護士といえども必ずしも容易でないこと、もし被告の変更を許さず訴えが却下された場合には控訴人において鶴見区長を被告として本訴と同じ内容の訴えを提起することは出訴期間の関係から最早不可能であつて司法救済を受ける機会を失うものとなること及びこのような事態から原告を救済するために行政事件訴訟法において被告の変更を認める規定が設けられた趣旨にかんがみると、たとえ本訴が弁護士である代理人によつて提起されたことを考慮に入れてもなお控訴人が本訴の提起に当たり被告を横浜市長としたことには、重大な過失があつたとすることはできないものというべきである。

なお、控訴代理人は、原審においていつたんは被告変更の申立てをしながら、後にこれを取り下げた上右申立てはしない旨陳述している(これは、横浜市長に被告適格があり、そうでないとしても当事者の表示の訂正で賄えると期待したことによるものと解される。)けれども、このような事情をもつてそれ以前の本訴提起に際し被告を横浜市長としたことについての重大な過失の有無の判断を左右することのできないことはいうまでもない。また、控訴代理人の右陳述が被告変更申立権の放棄であるとすることもできない。

よつて、控訴人の被告変更の申立てを許可することとし、これにより新たに横浜市鶴見区長を被告とする訴訟が提起されたことになるとともに、変更前の本件訴訟については訴えの取下げあつたものとみなされるところ、右変更後の新たな訴訟につき行政事件訴訟法第一五条第七項に従い、主文のように決定する。

(裁判長裁判官賀集唱 裁判官安國種彦 裁判官伊藤剛)

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